この間、心温まるご家族にお会いしました。
おばあちゃんが病気に罹り、高齢であることも重なって自分で排泄ができなくなりました。そこで、同居している息子さん夫婦と小学生の2人のお孫さんで家族会議を開かれました。その席で、息子さんご夫婦は、2人の子どもに
「おばあちゃんは、自分でトイレにいけなくなったんや。だから、おむつを
交換してあげないとあかん。だけど、それは汚いことでも何でもないことなんや。
みんなでおばあちゃんのお世話していこな」
と諭されたそうです。
おばあちゃんが大好きなお孫さんは、お父さん、お母さんよりも率先しておばあちゃんのお世話をされているそうです。
まだ小さい子どもには、老いや病の姿、ましてや死の周縁に関わることを見せないことが
しばしばあります。「子どもがショックを受けるといけないから」という親心は十分理解できます。
しかし、子どもは子どもなりに、色んなことを感じ、考え、必死で受け止めようとします。むしろ、闇雲に老いや病や死から子どもを遠ざけようとするのは、親の側の死生観がしっかりとしていないからではないかとも感じます。
不自由にはなってしまったけれどもそのままのおばあちゃんが家族の中心におられます。そんな家族となれたのは、息子さんご夫婦の芯の通った姿勢とお孫さんの素直さがあったからなのだろうと、とても心温まるひとときをお話を伺いながら過ごしました。
(大河内大博 記)
私の娘の住む、京都のお寺では、四世代が暮らしています。
最近二人目の子どもを身籠もってまもなく、大お婆さま(前坊守90歳)が余命2ヶ月の癌告知を受け、家族6人が大慌てをしました。
現住職(60歳)も難病(今は軽度の状態)現住職の奥様も体調が良くない中、家で看取ると決意された。私は心配で時々様子を聞いていると、最近以下のような話を娘から聞いて微笑んだ。
娘の談「癌で自宅療養中のおばあさんを近所のおばちゃんが見舞いに来ました。
近所のおばちゃん「どうえ、体調は?お風呂は手伝ってもうてんのか?」
おばあさん 「 帰ってきてから一度も入れてもうてない。閻魔さんに臭い言われるわ」
近所のおばちゃん「何ゆーてんの~若い子やったら気にするやろうけど、年寄りが臭ぁても気にせいへんわ、ガハハ」
おばあさん 「そうやな」
※義理父母の名誉の為、お二人でお風呂に入れてはります。
もうすぐ死ぬと知りながらユーモアを忘れないおばあさんと、もうすぐ死ぬ人を前にしても
動じずあっけらかんとしているおばちゃんに脱帽でした。 笑わせてもらった」
以上の娘からのメールを読んで戦争を体験した母親達の強さを感じた。
私は、若き日に読んだ「地の底の笑い話」と言う本を思い出しました。
炭坑夫に混じって、妊婦さんが、荒くれ男どもと一緒に働き、地の底で出産し、出産した後、地の底で働く者たちと、笑い合うと云う話。
生まれ出るのも、死に往くまでにも、笑い話があるのでしょうか。
(松本曜一 記)